東大大学院中退の戯言

院生だった当時に気持ちを吐き出すためにこのブログを開設しました。自称うつ病で中退しましたが、なんとか生きてます。

社会人になって自分の生きづらさが確信に変わった。

以前の更新は大学院中退で更新が止まっていた。
実際それから4年ほど社会に出てみて、やはりあの時の自分の発達障害気味の感覚は間違っていなかったのだと確信に変わってきている。
研究というフィールドではなく仕事というフィールドでも抱える問題は似ていて、仕事仲間から基本的な社会人スキルについて怒られることが多く、自分で罪悪感を覚えつつも自分では治せないという事が多い。そしてそれがなかなかに病的だと客観的にも主観的にも感じ始めている。
これまで東大という隠れ蓑に隠れて自分の社会人としての無能さを自覚しつつもそれに直視できていなかったというか、はっきりと確信に変わるのが遅れていた。
受験の勉強と社会人的な能力というのは相関こそあれイコールではない。
計画的に物事を進める・全体の俯瞰と目の前の課題へのブレークダウン、という点では受験勉強と仕事の共通項はあるのだろう。しかしむしろその一歩手前、時間を守る・やる気に関わらず期限内にタスクに取り組む・報連相をする、このあたりの社会人スキルというのは(スキルと言うほどでもないが)、受験的な能力には現れないしむしろ9割5分の人間は少し注意すればできるものなのだろう。
一方自分は9割5分の人間ができない受験を突破し9割5分の人間ができる基本的な物事をできないでいる。はっきり言って異常だ。
かといって日常会話でのコミュ障や挙動不審や極度のケアレスミスなど典型的な発達障害の傾向があるわけでもない。それこそが確信に変わるのが遅れた原因だ。
実はADHDを疑っていた時にメンタルクリニックには一度だけ訪れたことがある。だがそこでは自分はグレーゾーンと言われ相手にされることはなかった。おそらくぱっと見は普通で、話していておかしい様子がなかったためだろう。それ以降メンタルクリニックに行くことはなくなった。
それでも生きづらさを感じる、というか社会人としての無能さを自覚するタイミングは数多くあった。

朝がめっぽう弱い

朝がめっぽうに弱い。布団からの起床が毎日地獄だ。目は覚めはするのだけど、そこから起き上がるというアクションにものすごく抵抗を感じる。
それが自分でわかっているからこそあえてソファで寝たり大事なミーティングが朝にあった時は漫画喫茶に泊まるなどした。
後に判明したけれど、無呼吸症候群があり睡眠の質がとても悪いらしい。
医師の話では普通に7時間寝ても4時間分くらいしか寝ていないのと同じらしい。
これに関しては医師のすすめで鼻腔粘膜焼灼術などしてみたがあまり改善されていない。

日中の眠気が酷い

無呼吸症候群の影響があるのか、発達障害特有の夜型傾向が強いからか、異常なまでに日中の眠気が襲ってくる。
他の人でも多少日中眠い時があるらしいが、自分でこれは異常だと確信している。
ほぼ毎日、朝昼時間問わず強烈な眠気が襲ってくる。コーヒーやガムなど効くはずもなく本当に耐え難いレベルの眠気だ。
机で寝ているのを見られるのがまずい職場ではなかったが、あまりに頻度が多いと流石に苦言を呈される。
さらに後述の注意散漫などと相まって他の人の目にはやることやらないくせに机で寝ている異常者に映っているのだろう。
実際自分が他人でもそう思うと思う。

遅刻癖が治らない

堂々と書くことではないが単純に遅刻癖がある。朝が弱いことと相まって4,5分の朝の遅刻は日常茶飯事だった。
これに関しては異なる人から結構強めに怒られた。怒られて当然だと自覚している。
就活でも面接に遅刻するなどこれも病的なレベルだと思っている。朝がめっぽうに弱いエピソードでも書いたようにどうしても遅刻できない時の緊急手段として漫画喫茶に泊まるなどしている。

注意散漫

とにかく注意散漫だ。やる時はやることもあるので自分では異常とは思っていなかったが、周りを見てると異常なレベルなんではないかと思ってしまう。はっきりとしたエピソードはないし相対的なものなので表現することが難しいが異常なレベルの自覚がある。

やる気が無い時はとことん手につかない

注意散漫と相まってやる気が出ないととことん仕事が手に付かない。
仕事の性質上、1日のうちでやることをやってればいつどのように進めても良いという形なので時間に縛られることがない。
また、リモートワークが進み、深刻なレベルでその傾向は増した。
普通の人でも手に付かないというのはあるのだろうが、自分の場合は特に病的に手に付かない。
頭では今やらないといけないと思っていることもなかなか行動に結びつけるのが難しい。
相対的なものなので基準を持ち出すことはできないが客観視するにこれは病的と言っても過言ではないレベルだと思っている。

罪悪感と劣等感からくる二次障害

ここからは自分が悪いとわかっているゆえの罪悪感や劣等感からくる二次障害になる。
よく無能は自分が見えていないとか客観視できていないとか言われることがあるが、自分の場合は客観視ができているつもりではある。
そして客観視できていて今の状態がダメだとわかっているからこそ、それを治せない自分に嫌悪感や劣等感を覚える。
ギャンブル依存症アルコール中毒の患者は自覚があっても自力では治せず自己嫌悪の二次被害が起こると言われいるが、まさにそれですごくその気持がわかる。
普通の人からすれば注意さえすれば治るものなのに注意しても治せずそれが自己嫌悪を引き起こす。

罪悪感劣等感からの報告の遅れ(ごまかし)

完全に自分が悪いし自分が悪いので怒られることがわかっていると、まず報告しようではなくてどうやって挽回しようどうやってごまかそうの発想になってしまう。きちんとやることをやっていてタスク遅延の原因に正当なものがあれば堂々と報告できるけれど、いかんせん罪悪感のせいで隠蔽しようとしてしまう。何が原因であれ隠蔽だけは良くないとわかりつつどこかでこうしたら挽回できると考えてしまう。
結局すぐに挽回できるわけもなくそれで評価を落とすということが何度もあった。

罪悪感劣等感から周りに相談できない

劣等感からこんなことで悩んでいると相談もできない。というか相談された側からしてもお前が悪いじゃん本気でやれよの一言しか返せないとうのが自分でもわかるから相談しても仕方ない。
私は無能です助けてくださいと無様に周囲にアピールできるほどにプライドを捨てられたら良いのかもしれないけれど、まだそこまでプライドを捨てきれないでいると言うのが正解かもしれない。

今後

はっきりいって甘えとかやる気がないだけと言われるかもしれない。ほとんどの人にはただの無能の戯言にしか見えないだろう。自分が相談された側だったとしてもそう思うに違いない。遅刻だとか手につかないとか甘えにしか見えない、というかそれを世間では甘えだというんだと。
たしかに甘えなんじゃないか他の人はもっと試行錯誤しながらうまくやっているんじゃないかという思いもある。他の人の心の中なんて覗くことはできないので感覚の違いなんて字面で語れるわけがない。
ただ自分だからこそ言えるのが、もはやこれは単純な甘えなどではなく病的なレベルだということ。
それを勝手に発達障害とラベリングして自称しているけれど、これの正体はわからない。
客観的に見れる自分がいるからこそ理想と行動が違いすぎて生きづらさを感じているということだけは事実だ。
こんなところで吐露したところで状況が良くなるわけではないし、頭の中で繰り返し反芻している事なので今更整理されたからと言ってどうなるというわけではない。
今後一生この障害(?)を背負って生きていかなければいけないことに変わりはない。
まずは上記のようなことが普通の人以上にできないのだという自覚をしっかり持つこと。そこから始めていかないといけないのだろう。